論語塾での気づき
2018.06.26
ブログ
昨日は、御堂筋論語塾。
月一度の心の振り返りの時間です。
昨日の学び
●過ぎたるは猶及ばざるが如し
何事も程ほどが肝心で、
やり過ぎることはやり足りないことと
同じように良いこととは言えない。
良いと言われることでも、
やり過ぎは害になるということ。
『論語・先進』にある、
孔子が二人の弟子子張(師)と
子夏(商)を比較して言った言葉に基づく。
「水準を越した師も水準に達しない商も、
ともに十全ではない。
人の言行には中庸が大切である」
と説いたという故事から
●君子は和して同ぜず、小人は同じて和せず
君子は和して同ぜず小人は同じて和せずとは、
すぐれた人物は協調はするが、
主体性を失わず、むやみに同調したりしない。
つまらない人々はたやすく同調するが、
心から親しくなることはないということ。
●切するが如く磋するが如く、
琢するが如く磨するが如し
学問修練によって自らを向上させること。
同じ志を持つ者同士が互いに
競い向上し合うこと。
常に自らを磨き上げ続ける様。
切磋は象牙などを切り出し削ることで、
琢磨は玉や石を打ち叩き磨くこと。
切琢は整形、磋磨は仕上げの磨きをいう。
大学には詩経を引用して
「切するが如く磋するが如しとは学ぶを云ふなり、
琢するが如く磨するが如しとは自ら修むるなり」とある。
学ぶだけでは表面的であり、
それを自らに修めてこそ人の修養が成ることを説く。
気づかされるところが多いです・・・・。